『東京マリーゴールド』★恋人がいても、好きになったら仕方ない★
(2001「東京マリーゴールド」製作委員会) 97分
脚本・監督:市川準 原作:林真理子「一年ののち」(紀伊国屋書店刊『東京小説』収録)
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【はじまりはCMから】
市川準監督は1980~2000年代にかけて活躍したCMディレクター出身の映画監督です。小指を立てたサラリーマンのセリフ「私はコレで会社を辞めました」で有名な〈禁煙パイポ〉や、桃井かおりとゴンこと中山雅史がチャチャチャを踊る〈タンスにゴン〉といった笑えるCMを撮る一方、転校する高校生を池脇千鶴が演じた〈三井のリハウス〉のように情感に訴えかけるCMも数多く手がけてきました。
中でも、田中麗奈と樹木希林が親子役を演じた〈ほんだし〉シリーズは人気を博し、ほんだし発売30周年を記念して『東京マリーゴールド』が製作されました。希林さんは〈ほんだし〉のCMで母親を演じるにあたり、「全国にいるお母さんたちを応援したい」という気持ちを念頭に置いていたようです。自分の嫌いなオクラを娘の味噌汁にこっそり入れてしまったり、一人暮らしを始めた娘を心配して、娘のアパートに突然上がり込んでしまったり。市川監督の演出や希林さんの計算された演技力も視聴者の共感を呼んだのだと思います。
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【脚本のオリジナリティ】
原作は椎名誠ほか5人の作家によるオムニバス短編集『東京小説』。「一年ののち」を執筆した林真理子は女性の本音を描いた毒気のある筆致で有名です。この本のエリコは学歴や職業で男を選ぶ計算高い女性として描かれています。自分が地方出身者であるため、〈東京の山の手育ちで慶應出の商社マン〉(林2000:69)という肩書きのタムラヒロシと結婚できれば、地元の同級生の中で大出世を果たすだろうという願望を抱いているのです。しかもタムラとは合コンで知り合ったので、「合コンに来る女性はこんなことを考えているのか」と読んでいて絶望的な気持ちになりました。
その一方で、映画版のエリコは恋愛が長続きしない不器用な女の子になっています。合コンの設定は同じですが、エリコはタムラを肩書きではなく、合コン特有のノリについて行けてない〈ちょっと変わった人〉として捉えているのです。それはきっと、エリコ自身もノリについて行けなかったからこそ、自分と同じものを感じ取っていたのかもしれません(こういったシチュエーションも合コンあるあるですね)。
その後、エリコとタムラは交際に発展しますが、「留学している彼女がいる」という事実をタムラから告げられてしまいます。エリコはそれを知った上で、彼女が帰るまでの1年間をタムラと付き合うことになるのですが、やがてその決断がエリコを苦しませてしまうのです。
映画版が優れているのは、40ページにも満たない短編を市川監督のオリジナリティで肉付けされているところです。「何もしないで恋人がいないと嘆くよりも、何かしてそれであきらめた方がマシ」(林 2000: 52)という原作の醍醐味を活かしつつ、1年間という限定付きの恋愛を〈1年で咲いて枯れるフレンチ・マリーゴールド〉(持永2001:128)に例えて、それをメインタイトルにしてしまうのは、脚本家冥利に尽きると言えます。
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【小澤征悦の存在感】
タムラの部屋で、2人はとうとう一線を越えてしまいます。しかし、そのあたりから急にタムラの態度がそっけなくなってしまうのです。
「彼女と別れてよ!」
しびれを切らしたエリコが詰め寄りますが、タムラは非常に曖昧な返事するだけ。タムラにとってエリコはただの遊び相手に過ぎなかったのです。
このタムラを演じた小澤征悦さんは優柔不断なダメ男をうまい具合に演じています。当時はまだ駆け出しの若手俳優でしたが、今では日本映画界を牽引する俳優さんになられました。バラエティ番組にもご出演されていますが、どこか飄々とした印象を受けるので、やはりタムラは小澤さん以外には考えられないです。
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【恋の終わりもCMで】
落ち込むエリコの元に携帯電話が鳴ります。相手は学生時代から付き合いのあるCMディレクターの宮下先輩。エリコに出演依頼したCMが完成したというのです。それは、野球ボールを投げていく人が場面ごとに切り替わって、最終的に個室トイレで用を足しているおじさんがボールをキャッチするという野球のCMでした。エリコはそれを何度も繰り返し見ていくうちに「前へ進んでいこう」という気持ちを奮い起こしていくのです。
これはCMディレクター出身の市川監督ならではのアイデア。ほんの数十秒で、しかも一定期間しか流れないCMにも、人を勇気づけさせる何かがあるのではないかという市川監督の思いが込められています。〈期間限定〉という観点で見てみれば、エリコの恋愛もフレンチ・マリーゴールドの寿命も、そしてCMの放送期間もどこか似通っていると思います。エリコと宮下先輩のその後は描かれていませんが、肩書きだけのタムラよりも、中身のある宮下先輩の方が長続きしたのかもしれません。
この映画は学生時代に初めて観ましたが、ちょっと不純な内容なので最初は抵抗感がありました。しかし年齢とともに観直してみると、すべての男女が清廉潔白なのかと言えば、必ずしもそうではないと思います。今となれば、エリコの恋愛もそれはそれでありのような気もします(もちろん、自分や相手などを傷つけない程度にです)。
『東京マリーゴールド』の魅力はラストシーンにあります。エリコがバスに乗っていると、なんと優先席に留学していた彼女が座っているのです。そこでエリコはある真実を耳にするのですが・・・。エンディングに流れるスーザン・オズボーンの『Love is more than this』とともに、映画は幕を下ろします。個人的に、映画史に残る名ラストシーンだと思っているのですが、これはぜひ本編を観て確かめてください。
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【参考文献】
林真理子, 2000, 「一年ののち」椎名誠・林真理子・藤野千夜・村松友視・盛田隆二『東京小説』紀伊国屋書店49-81.